多言語文化芸術歴史

「サンキュー」って間違ってるの?

2021年11月29日

 それは,遙か昔,まだ私が大学生の頃,真夏の研修旅行でイタリアのバチカン市国を訪れたときのことでした。

 ごった返すサンピエトロ寺院の大広場。自由行動で一人になった私は,どっちに行ったらミケランジェロの「最後の審判」がある「システィーナ礼拝堂」にたどり着けるかわからなくなりました。

 そこで私の前を横切ろうとした初老のシスターに,勇気を出してカタコトの英語で道を尋ねました。黒い制服をまとった彼女は,にこやかに,丁寧に道を教えてくれました。

 私はうれしくなってお礼をイタリア語で言おうとしましたが,簡単な単語が思い浮かびません。

 そこで,つたない英語力しか持ち合わせていなかった私は「グッドモーニング イズ ボンジョルノ。サンキュー イズ ?」と繰り返し始めました。

 しかし彼女は,ポカンとするばかり。汗をかきながら,同じ事を繰り返すうち,ついに彼女の顔が穏やかになり,一言「grazie」。

 私はうれしくなって「グラッツェ」と大きな声で言いました。

 すると,彼女が顔をしかめて英語で言い始めました。

「あんたが言ったのは「サンキュウ」。正しくは「Thank You」。

こうやってしっかり舌をだして発音しなさい。だから私はわからなかったのよ」

 私の背中にタラッと一筋の汗が流れました。

 そして,遠ざかるシスターにむかって,何度も何度も叫んだのでした。

「グラッツェ」

ミネルヴァの梟がいま飛び立つ